漢字教育士ひろりんの書斎漢字の書架
2026.1.    掲載

【エッセイ】「蘭奢待」と東大寺

このエッセイでは、漢字の微妙な細部を取り上げていますので、フォントのサイズを拡大しております。これでも見にくければ、ブラウザでさらに拡大してご覧ください。
 「蘭奢待(らんじゃたい)」をご存知だろうか。東大寺正倉院に伝わる宝物で、天下一の名香と称えられる香木である(詳しくはWIKIPEDIAなどをご覧ください)。
 この香木の雅名である「蘭奢待」について、これらの文字の中に「東大寺」という名前が隠されている、という説がある。「蘭」の中に「東」、「奢」に「大」、「待」に「寺」が隠れているというわけだ。

 筆者はかねてから、この説に対し疑問を持っていた。いや、この説はデタラメだ、という確信を持っていた。なぜなら、「蘭」については昔の字体は今と異なり、内部に「東」はなく、あるのは「柬(カン)」であるからである。
HP用.png(21943 byte) 「説文解字」(後漢、100年)の小篆(左図)は当然のこと、「康煕字典」にも内部が東の字体は載っていない。「大漢和辞典」にも、蘭はranimg.png(1698 byte)の略字、としか書かれていない。
 もともとranimg.png(1698 byte)は「闌」(ラン)を声符とする形声文字で、闌は「柬」を声符とする形声文字である。「蘭」では「ラン」と読めないのである。
 なぜ「東大寺」の字が隠れているなどという"珍説"が今に伝わっているのか。WIKIPEDIAだけでなく、宮内庁正倉院のHPにもこの説が紹介されている。これは国民としても恥ずかしい限りだ、と最近までは思っていた。

 ふとしたきっかけで、「蘭」についての古い字体を調べてみようと思い立った。王羲之(おうぎし)の「蘭亭序(らんていじょ)」(「蘭亭叙」とも)を思い出したからである。
 王羲之は、これも別途調べていただきたいが、東晋時代の人で生没年は303~361年(他説あり)。「書聖」と讃えられ、当時の中国では彼の書く字が書道の規範とされた。審美的な意味だけでなく、「正しい書き方」を知るうえでも彼の書いた字が尊重されたという(阿辻哲次「漢字の社会史」PHP新書)。
 そんな彼の代表作とされるのが、「蘭亭序」である。これは、今の紹興市にあった「蘭亭」に名士たちを集め、優雅な「曲水の宴」を開いて皆で詩を作り、その詩集の序文として王羲之が筆を執った文章で、353年成立。当然ながら「蘭亭」という語が含まれている。

ranteijo.jpg(149284 byte) 蘭亭序の画像はWIKIPEDIAでも見ることができる。軽い気持ちで検索し、一見目を疑った。なんと、蘭亭序の「蘭」も、内部は「東」と書かれているのである。
 実は王羲之の真跡は残されておらず、蘭亭序も模写されたもののみが残る。「大書源」(二玄社)で確かめると、蘭亭序の写本から取った「蘭」の字は3種あり、そのうち2種が東に従っている。他の1種は「柬」に従っているように見えるが不鮮明である。
 さらに、大書源では、王羲之ばかりでなく、北魏や隋・唐の書跡や、古くは漢代の隷書も含め、ほとんどの例が「東」に従っている。これはどういうことか。
「蘭亭序」張金界奴本(wikipedia)

 簡単に言えば、名だたる書家を含めて、蘭の内部が東か柬かなど、「細かいこと」に誰も気を配らなかったためと思われる。特に王羲之の蘭亭序が世に出たあとは、王羲之に倣っておけば問題ない、とばかりに「蘭」一辺倒となったのだろう。
 このような例は、実は、残念ながら漢字の世界ではよくある話なのだ(「漢字はホントは面白い7 昔の人も間違えた!?」参照。)
 それからはるか後世の清代の書跡には、柬に従うものが多い。これは、清代に、訓詁学や考証学が盛んとなり、説文解字等により字源を尊重する気風が育ったことによるものだろう。先に述べた康煕字典も清代(1716年)の完成である。

 あらためて「蘭奢待」について考える。この雅名をつけた人物やその時期は不明とされている。蘭奢待が正倉院に入ったのは一説には12世紀、他説では9世紀といわれ、確定はできそうにないが、このときに蘭奢待の名がついたとしても、命名者が漢字で「蘭奢待」の字体で書いたかどうかも分からず、責任者は不明のままである。  
 9世紀にしろ12世紀にしろ、中国では「東を使う派」が圧倒的な時代のことである。蘭奢待の命名者の意図としては、「東大寺」の東を含む漢字として、高貴な花を表す「蘭」(日本では古くは「ヒヨドリバナ」を意味したというが)を選んだということであろう。それを、誰もが使っている字体で書いたのだから、なんら非難を浴びるいわれはない、と命名者に叱られそうである。

 ちなみに、「蘭」は常用漢字ではないが人名用漢字である。しかし柬を部品とするranimg.png(1698 byte)は人名用漢字ではない。一方、同じ部品を持つ「欄」は常用漢字であり、常用漢字表では東を含むものが通用字、柬を部品とするものが旧字体(「いわゆる康煕字典体」)とされている。もし蘭が常用漢字なら、柬を部品とする字体が旧字体として認められていただろうか。
 子どもの名づけに、東ではなく柬を部品とするranimg.png(1698 byte)を届け出た場合、すんなりと受理されるだろうか。また、受理されなかった場合、裁判に訴えて正字論争を繰り広げたら、どういう判断が下るだろうか。誰かやってみる人はいないかな。
 「ranimg.png(1698 byte)」は、人名用漢字の旧字体という扱いの故か、JISにも定められていない(ユニコードには最近採用されたようだ。U+F91F)。しかし、JIS漢字としても、フォントによってはranimg.png(1698 byte)の字体を使っているものもある。電子機器で扱う場合は、蘭の字を表示したうえで、フォントをMingLiu(台湾)・Batang(韓国)・DengXiau(中国)などに変えると、ranimg.png(1698 byte)の字体に切り替えることができる。つまり、これらの国では、現在はranimg.png(1698 byte)が正しい字だとみなす人たちがいる、ということになる。

 蘭とranimg.png(1698 byte)、小さな活字では見分けがつかないほどの微妙な違いではあるが、漢字の部品としての意味は全く異なる。にもかかわらず間違った字体が千年以上もの間大手を振ってまかり通ってきた。何によらず、「常識」や「専門家の見解」を疑ってかかる必要があると、今さらながら思う。